沖縄・本

2011年3月 5日 (土)

かじぬさき、まじむぬさき(風の酒、真心の酒)…原田マハ『風のマジム』を読む

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昨年の12月に講談社から発売され、すぐに読んだのですが、

またまた最近読み直してみました。(小説現代で2009年3月から連載されていましたが)

  

”琉球アイコム総務部勤務・契約社員・28歳”の伊波まじむ。

彼女の”南大東島のサトウキビを使って、風の酒を造る”というラム酒づくりの

企画が”社内ベンチャー事業コンテスト”で採用され、

彼女は、持ち前の体当たり精神で島に渡り、工場として、飛行場の跡地を借り受け、

伝説の醸造家を口説き落として・・・というストーリーです。

   

毎晩待ち合わせる桜坂劇場のカフェバーでのおばぁとの会話、カフェバーの

吾郎さん、豆腐屋を営む母親、会社の先輩・冨美江、後輩で南大東島に住む一郎、

新規事業開発部のメンバー、南大東島の町長や商工会の人達・・・。

まじむを取りまく人間模様を絡めながら、テンポよく話が進んでいく。

   

原田マハの『風のマジム』です。

   

沖縄産のラム酒造りに奮闘した金城祐子さんがモデルのフィクションです。

”うちなーぐち”が随所に出てきて、ご丁寧にルビまでふってあります。

実は、契約社員から女社長にまで登りつめたサクセスストーリーなのですが、

そんな胡散臭さは全くなく、南大東島の風を感じ、人の温かさを感じ、

読み終わった後は、ほんのりした気分になりました。

   

『カフーを待ちわびて』以来の原田マハさんの小説でしたが、

原田マハさんが書く女の子は、いつも爽やかで前向きで元気一杯ですね。

   

話は余談ですが、那覇在任中に一緒に仕事をしたうちなーんちゅの女性スタッフ達も、

みんな前向きで、爽やかで元気いっぱいだったなぁ〜。

”あの時のように、また一緒に仕事をしてみたい”とふと思い出させてくれる小説でした。

   

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2010年7月18日 (日)

「しまーには、しまーのルールがあるの・・・」

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『ファイアーキング・カフェ』(いしかわじゅん著:光文社)を読んだ。

     

「自分の居場所を求めて沖縄へと流れ着いた移住者達の姿を描いた6本のストーリーが、重層的に重なる連作長編小説。

作品中には、数年前から那覇に部屋を借りて毎月何日かを沖縄で暮らしている著者が、実際にすーじ小を歩きながら出会った人々の人間模様が、虚実織り交ぜ盛り込まれている。

移住者でも旅行者でもない立ち位置から、ゼロ年代那覇のあいまいでやるせない空気を描き出した本作は、小説の形をした、鋭い沖縄批評でもある。」(「箆柄暦Piratsuka Topicsの紹介文より)

7月11日には那覇のジュンク堂でトークショウが開催されたそうだ。

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この小説に登場する場所は、

     

牧志・市場本通り・国際通り・久茂地川・沖映通り・松尾・美栄橋・栄町・開南・太平通り・農連市場・OPA・公設市場・久米・御成橋・那覇港・奥武山公園・平和通り・浮島通り・壺屋・安里・パラダイス通り・天ぷら坂・ひめゆり通り・三越・ダイナハ・泊・崇元寺・丸市ミート・・・。

     

これらは、間違いなく私の那覇暮らしの“日常の場所”であった。

     

さらには、宜野湾バイパス・大謝名・真栄原新町・神里原・桜坂・松山・辻。

著者の目線である「旅行者でもなく、移住者でもない」立ち位置は、ここで転勤族として暮らしていた私の立ち位置とまったく同じである。

すーじ小の何でもない情景描写と登場人物達の何の変哲もない会話が、圧倒的な臨場感を持って迫ってきた。

     

数年前の「那覇にいた自分」と照らし合わせ、苦笑し、頷き、一気に読んでしまった。

そして曖昧でなんともやるせない那覇の空気が伝わってきた。

     

おかげで、私の「沖縄病」の症状はさらに悪化してしまった。

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読み終えて、登場人物の、ダリアとサクラのこの言葉が妙にひっかかっている。

     

「しまーにはしまーのルールがあるの。ないちゃーの基準で測ってはダメなの」

「みんなそれぞれ一番大切にするものがあるの。自分の大切なものは大切。だけど、他の人の大切なものもやっぱり大切。自分の大切なものを押しつけたら、しまーでは生きていけないの」

     

「よそ者はいつまで経ってもよそ者なのは当たり前。そんなのしょうがないよ。ここで生まれたわけじゃないんだから」

     

那覇に住んでいた時のうちなーんちゅに対する私の立ち位置は、果たして正しかったんだろうか。

やはり私は「旅の人」・・・。

     

(写真上は明け方の市場本通り、下は国際通り三越前)

     

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2010年7月12日 (月)

♪「十九の春」を読んだ?

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いささか旧聞に属する話で恐縮だが,2007年4月に刊行されたフリージャーナリスト

川井龍介さんの『「十九の春」を探して~うたに刻まれたもう一つの戦後史~』(講談社)を再読した。

    

  ♪私があなたに惚れたのは ちょうど十九の春でした  

      いまさら離縁というならば もとの十九にしておくれ

    

 た た たん た たん た たん たん たん というイントロで始まる、皆が知っている「十九の春」。

独学の三線で最初に覚えた曲でもある。

    

この「十九の春」は曲も詞も作者は不明である。

著者はある時、そのルーツ探しの“旅”にでる。

奄美大島、加計呂間島、与論島、口の津、大牟田、大隅半島、石垣島、与那国島、そして沖縄本島を旅することになる著者は、戦時中の遭難船への鎮魂、満州への開拓団、戦後の密貿易やコザのジュリグァー等の時代背景や島の生活とそれぞれの人生模様を絡めて、ルーツを探っていく。

はたして「十九の春」のルーツを探すことができたのだろうか。

興味のある方は、ぜひ読んでいただきたい。

きっと「十九の春」という唄を通じ、戦後の沖縄を垣間見ることができると思う 。

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そして「十九の春」の五番の歌詞に

  ♪主さん主さんと呼んだとて 主さんにゃ立派な方がいる

      いくら主さんと呼んだとて 一生忘れぬ片思い

というくだりがある。

    

こんな解釈もあると著者は言う。

うたっている私(沖縄)は、主さん(日本)のことをどんなに慕っても、主さん(日本)には立派な方(アメリカ)がいる。

    

まさに沖縄と日本とアメリカの関係を表現していると。

    

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